2006年07月25日

●ネットショップ運営の投資について

ネットショッピングは相変わらず上昇基調で、店舗数も増加の一途を辿っています。
当然、新規出店されるお店さんも非常に多いのですが、最近特に感じることがあります。

それは・・

「ネットショップ開店、運営の資金を確保していない」
「ネットショップは投資は不要だと思っている」

というお店さんが非常に多いことです。

確かに、サイトを開店するだけなら費用はあまりかかりません。
モール出店などであれば、システム使用料は初期は月数万円で済みます。

しかし

正直、それだけで売れたら奇跡です。

もちろん、商品点数が数万点あるような規模であれば、ある程度のSEO対策をしておけば
そこそこの集客は見込めるでしょうが、それでも数万の商品の管理や、ページ制作のコストは
ソコソコの金額になります。

現在ネットショップは7万店舗以上あるといわれています。
その中で選ばれるためには、まず集客をしなければなりません。

その為の手法というのは色々ありますが、商品点数を増加させるにせよ、広告投資をするにせよ、
価格優位性を保つにせよ、それなりのコストがかかります。

運営が始まれば始まったで、ヤマのような業務があり人件費をかけるか、システム投資をするか
アウトバウンドするか、などやはりコストのかかることをしなければならないわけです。

「なんだ、結局カネか・・」と思われるかもしれませんが、実店舗を開店する場合と比較してみて
ください。
例えば都内の山手線内のソコソコの場所に店を開けるとすると、なんだかんだで4〜5000万はかかるわけです。
ネットショップの初期コストはそれに比べ、比較にならないぐらい安いものです。

しかし

なんの事業計画も無く、コスト計算もせずに進んでもいつまでも売り上げが伸びず、赤字を積み重ねて
いくだけで、撤退。。。
そんなお店さんの例は枚挙にいとまがありません。

モールへの出店費や社内の人件費だけでなく、販売促進のためのコストやシステム投資など
キチンと視野にいれておきましょう。

できれば、バジェット(予算)を1年分ぐらいは組んでシュミレーションしておくぐらいの準備が必要だと思います。

2006年07月04日

●NAKATA引退・・・

今回ばかりは、ネットショッピングと全然関係の無い話で申し訳ありませんが、ご容赦ください。

ご存知のようにサッカー日本代表の中田英寿選手が引退を表明しました。

正直、昨夜は激しい喪失感でしばし呆然としてしまいました。

W杯フランス大会の予選から、最後のドイツ大会まで、日本のサッカーは中田選手がひっぱて来たといっても過言ではないでしょう。

早すぎる・・という印象と、ともにこれからの日本のサッカー界にあれほどの人物が出てくるまで、何十年か待たなければならないのではないかというオシム氏の言葉にうなずくばかりです。

サッカーに限らず、彼の「プロフェッショナリズム」は多くのことを教えてくれたと思います。
今回のワールドカップ3戦で、真の意味で戦っていたのは誰か?
もう、どうにもならないとわかっているブラジル戦の後半、最後の最後まで触ることすらできない相手のボールを必死に追いかけ続けていたのは誰か?

その姿を、他の選手や若い世代の選手はどう見ていたのでしょう。

私は、特に欧州に渡ってからの中田選手を見ていて多くのものを学びました。
特に、「環境はどうあれ、常にその時にできるベストを尽くす」ということ。

あれは、ローマに所属していた時代。ローマが優勝した年でした。
中田はトッティのサブとなっており、出場機会に恵まれていませんでした。

当時のローマの関係者のインタビュー記事が強く心に残っています。

「彼のような選手を、(事情が許せば)どこのチームが手放すものか。
彼はサブにも関わらず、常に練習では全力を尽くす。
虎視眈々と出場機会を狙っている。
レギュラーの選手も、そんな彼を見ていて危機感を募らせて安穏としてはいられないことを知る。
さらに、短い時間でも出場すれば、最高の結果を出そうとベストを尽くす。プロの中のプロだ」

といった内容だったと思います。

そして、その話を裏付けるかのように、「伝説の試合」を彼は演じました。
ローマのスクデット(セリエAの優勝トロフィーのこと)がかかった試合。
相手は優勝を争うユベントス。
当時はジダンもユベントスに所属しており、最強のチームといわれていました。
「負ければローマの優勝は無い」といわれていたアウエーゲーム。
中田は外国人選手枠の関係からベンチにも入れず、遠征メンバーからはずれました。

しかし、セリエAのルールが急遽変更になり外国人枠が増え、試合の数日前に中田は急遽チームに呼ばれました。

2対0で、ユベントスのリードの後半。。
絶対絶命の危機に、中田はローマの、いやイタリアのエースであったトッティに代わりピッチに送り出されたのです。

ご存知の方も多いでしょう。
中田はわずか数十分の時間で、まず追撃の1点目のミドルシュートを決めました。
さらに、終了間際に左サイドからまたもシュート。
ボールはキーパーのファンデルサールのファンブルを誘い、モンテッラが押し込んで同点。
事実上、この段階でローマの優勝が決まりました。
今でも彼のプレーはローマサポーターの心に深く残っていると聞きます。

のちにジダンがインタビューで「あの試合は残念だった。中田にやられた。中田がいなければスクデットはユベントスのものだっただろう。ローマは中田に感謝しなければならない」と語っていました。

どんなときでも、腐ったり、投げ出したりせず、その日その日のベストを尽くす。
そのことの大切さを、あらためて教えてもらったような気がしたものです。

本当にあと4年。やってもらいたい。。
まだまだ日本サッカーは、そして日本人は彼のような人間を必要としていると思います。